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母ノミタユメ

「この前ねえ、夢かうつつか・・・」

ふいに思い出したように、母が話しはじめる。

「お父さんが閻魔さまと議論をしてたわ」

飲みかけたビールにむせそうになるのをかろうじてこらえて、
閻魔さまと、っていう段階でもうそれは夢じゃないの、と言う私に
生真面目な顔をして「混ぜ返さないで」と母は言う。

夢かうつつか、なんて言うから、と言いかけて私は口をつぐんだ。
いつだって彼女は大まじめなのだ。
だから、つっこまれたり茶々を入れられたりすると真剣に怒る。
こういう時は黙って話を聞くに限るのだ。
それで?、と私が目で促すと、母は頷いて話を続けた。


閻魔さまの前っていうのは、お白州のような所でしょう。
生きてきた間にしたことが全部そこで明らかにされて、
犯した罪によって地獄へ行くか極楽へ行くかを決められるの。
地獄にもいろんな場所があって、
ほら、針の山みたいな所とか、灼熱地獄なんかもあるわけよ。

で、お父さんもいろんな罪状を並べられるんだけど、
閻魔さまに向かって
「良いか悪いかの判断なんて、人の主観で変わるものだ。
 あんたの主観で地獄だの極楽だの、勝手に決められちゃ困る」
なんて言い返してるの。


ははぁ、お父さんらしいね、と私が頷くと、
「でしょう?」と母はため息をついた。
「絶対に、はいそうですか、なんて言わないんだから。
 誰にだって理屈をこねて、議論をふっかけるのよ。
 閻魔さまにたてついたって、仕方ないのにねぇ」。
いや、まあそれはあなたの見た夢であって、
つまり夢の中で父にそう言わせているのはあなたなんだけど、と
おかしくなるのを我慢して、私も「そうよねぇ」と眉をひそめて見せる。


「物事の一面しか見ずに判断するのはいかがなものか。
 ある面から見ると善なることが、他の面から見れば悪であったり
 するものだろう。自分の主観だけで判断せず、
 あらゆる角度から考察すべきではないのかね!」

父の口振りを真似しながら、目を剥きテーブルをドン!と叩く
迫真の演技に苦笑しつつ、「で、閻魔さまはどうしてるの?」と訊く。


それがねえ、お父さんが長々と演説をぶってるものだから、
閻魔さまも辟易しちゃってね、こう、椅子の肘掛けをトントンしながら
「言いたいことはわかった」って話を打ち切ろうとするんだけど、
「いや、言いたいことの半分も言ってないのに、わかったなんて
 言われちゃ困る」
って、お父さんは話し続けるのよ。
後ろもだいぶつかえてきてますから、なんて閻魔さまの部下が
耳打ちしてきたりして、ますます閻魔さまはイライラして、
トントン、コツコツ肘掛けを叩くの。そうするとお父さん、
「人が真面目に話してるんだから、真摯な態度で聞くべきだ」
なんて注意してるの。「時間はたっぷりあるんだから」って。
もうお父さんの後ろにはずらーっと人の列が出来てて、
みんながお父さんの演説を聴いてるのよ。


ははぁ、もうそれはお父さん止まらないね、と笑う私。
閻魔さまの前にどっかり腰をおろして話し続ける父の
いきいきした表情が目に浮かんでくる。
死後の世界の存在など、およそ信じていたとは思えない父なので、
地獄の業火に焼かれる姿も、極楽で蓮の池のほとりに佇む姿も
なかなか想像し難いのだけれど、
閻魔さまと議論中、というのは父に一番ふさわしいような気がする。

私がいつかそこへ行くまで、父が議論を続けていてくれたなら、
長い長い列の後ろから、父の熱弁を聞かせてもらいたいと思う。



メインダイニングはこちら   「Annie's Dining
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by onlymoonshine | 2007-05-12 13:09 | half moon