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ハチスカコロク

Yちゃんは、蜂須賀小六の子孫、なのだそうだ。

その話を聞いた時、
「へえぇ~、そうなんですかぁ~」と
えらく感心してみせた私、なのだけれど、
はて、ハチスカコロクって何をした人なんだっけ、と
実は心の中で首を傾げていたのだった。

蜂須賀小六。
名前は知ってるんだけどな~。
きっと、武将かなんかだよな。

隠すまでもなく、トコトン歴史の苦手な私なのである。
歴史に限らず、何かを暗記するということが
私には体質的に合わないんだわ、と
十代の初めくらいに決めつけて、
年号や数式の暗記を放棄してここまで来てしまった。

それじゃ、なんでセリフは覚えられるのか、と
よく聞かれるのだけれど、
台本とにらめっこして暗記しようとしても
全然覚えられないものが、
読み合わせをして声に出し、耳から入った途端に、
するすると頭に入るというか、染みこんでくる。
たぶん頭よりも耳で覚えるタイプなのだと思う。

そんなわけで「蜂須賀小六」のイメージが
まったく浮かんでこないままだった私は、
「ねえねえ、蜂須賀小六って何した人だっけ?」
と、旦那さまに訊いてみた。
旦那さまは地理に関しては
「四国は日本海側にある」というくらい
めちゃくちゃなことを言うけれど、
歴史に関してはたぶん私なんかよりも詳しい。
知識のソースは、ほぼ漫画かゲーム。
結構、歴史関係の漫画やゲームっていうのはあるものらしい。

「ハチスカコロクか・・・」
旦那さまはちょっと考え、そして単純明快に答えた。
「たしか、俳句を詠む人だよ」





訊かなければよかった、と思った。
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by onlymoonshine | 2007-01-15 18:52 | moonless

ケンカ売ってんのかぃ!

美容院へ行くと、最後にメイクを直してくれます。
タオルのっけたり、シャンプーしたりで、
ちょっとメイクが取れてしまうので。
「ついでに眉カットもしましょうか~?」なんて
嬉しいサービスもございます。

母譲りの天然薄眉系な私。加えて、誰に似たのか、
それとも単純に努力が足りないのか
呆れるほど不器用な私。
眉毛のお手入れは大事、とわかっていても、
自分でカットしようとすると、ただでさえ薄い眉毛が悲惨なことに。

眉毛専用のハサミやコームを使うなんて、もってのほか。
きれいなお姉さんは好きですか系のシェーバーを買って
使ってみても、眉なし芳一スレスレ。
眉毛にはお経が書けなかったんだもん、今日の私は芳一♪
などとボケても眉毛は戻らない。
ラフカディオ・ハーンはギリシア生まれのアイルランド人。
1879年 食堂「不景気屋」を経営するも失敗、って
名に恥じない潰れ方してドウスル。(参照:Wikipedia

八雲くんのことはさておき、まあ、そんなわけで
私の眉カットは常に美容院のサービスをアテにしております。
眉のお手入れをしてもらい、アイブロウもしてもらい、
「ちょっと新製品のパウダーファンデを使ってみますね」
という言葉にも、気分良く「お願いします」と応える私。

たぶん購入を勧められるのでしょうが、
いいのよ、至れり尽くせりなんだから、
ファンデの一つくらいは買ったって。

二十歳そこそこ(に、見える)の可愛い見習い美容師さんは、
オススメの超微粒子ファンデーションをパフに取り、
スッ、スッと下からなで上げるようにしてつけてくれる。

「こうして、そっとのせてあげるようにして」
「ふんふん」
「後から、ちょっと押さえてあげて」
「なるほどね」

マニュアルなのかなぁ。
ほとんどの美容師さんは、髪とか肌を擬人化する。
トリートメントでマメにいたわってあげましょうね、とか
トップにボリュームを持たせてあげると、とか。
考えてみれば変な言葉遣いなのに、
ほぼ違和感なく浸透してしまっている。
そういえば、調理番組に出ていたコックさんまで
「弱火でゆっくり煮込んであげることが大切です」
などとのたまっていた。
「煮込んで揚げる」と勘違いされたらどうするのでしょう。
今や髪もカブもヒト扱いだ。

見習い美容師さんの言葉を聞きながら、
つらつら思っているうちに、メイク直しも終盤へとさしかかる。
「とってもキメの細かい仕上がりですよ」
可愛い笑顔で鏡の中の私に語りかけながら、
最後に彼女はキメ台詞とばかりにこう言った。

「こういう付け方をしてあげると、お顔も少しは小さく見えるんですよぉ」

な・・・なんつった、今?
少しは。・・・「少しは」?少しはって、おぃぃぃぃ!
あのね。あのね。
この場合、「少し」に「は」をくっつけちゃうと、
どういう意味になるかわかってる?
「お顔の大きさに比して決して充分ではありませんが、少しは」とか、
「この付け方でもとてもカバーしきれませんが、少しは」とか、
「私の力ではこれで精一杯ですが、少しは」とか、
そーゆー意味になっちゃうのよ。
失礼じゃない?
いくら私がカット料金のみで眉カットもメイク直しもサービスしてもらう
セコイお客だとしても、そりゃあんまりじゃない?

目をまん丸く見開いた私の、胸の内にも気づかずに
「ねー?」と可愛く微笑みかける見習い美容師さん。
思わず苦笑しながらも、「そうねー」と応えてしまう私。
彼女にはまったく悪意なんてないのだ。
ただ、髪や肌をヒト並みに扱うぶん、
ヒトに対する言葉遣いがおろそかになってしまうだけなのだ。

そういう言葉に引っかかりを感じてしまうのは、
やはり職業柄なのか、それとも年のせいなのか。
そんなことを考えていたら、
「少しは」お顔を小さく見せる超微粒子ファンデーションを
うっかり買い忘れてしまった。残念。




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by onlymoonshine | 2006-12-21 11:48 | moonless

いきあたりばったり

Happy-go-lucky
・・・のんき[楽天的]な、行き当たりばったりの、運任せの
  成り行き次第の(easy-going)

          「研究社 新英和大辞典 第五版」より


日本語で「いきあたりばったり」と言ってしまうと、
ちょっぴりそこには否定的な意味が含まれる。
無計画で考えなしで、
たまたま今回はうまくいったかもしれないけれど、
そういうことでは後から手痛いしっぺ返しをくらうわよ、という
「あんたの生き方綱渡り」的な示唆を感じさせる言葉である。

ところが、英語で「ハッピー・ゴー・ラッキィ!」と言えば、
なんだかもう手放しで喜んでいる感じだ。
なんとなぁくだったけど、こんなにうまくいっちゃった!
わぁーい、やったやったぁ!
途中経過はどうあれ「終わりよければすべてよし」という感覚は、
古き良き農耕民族の日本人には馴染まないのかもしれない。

農業というのは非常に計画的に成されるもので、
その年、その年の天候などを考えながら、
それまでの経験を活かして種まきから収穫までの作業を
的確かつ着実に行わなければならない。
そこに「なんとなぁく」は許されないのである。
「棚からぼた餅」のような諺もあるんだけれど、
せいぜい「ぼた餅」っていうのがみみっちいというか、しょぼい。
逆にいえば幸運の象徴が小判とかじゃなく、
「ぼた餅」というあたり、
へたをすれば腐ってるかもしれないわけで、
幸運だと思ったものが不幸の始まり、という
暗喩さえも感じさせるものがある。

自然と共存し、自然から学んで、
実りという分け前に預かる農耕民族に対し、
勇猛かつ果敢に自然に挑み、君臨し、奪う狩猟民族が
重視するのは、計画性よりも狙い定めた獲物を捕らえる
腕っぷしや、その場を乗り切る判断力。
そして何より肝心なのは、獲物に巡りあうかどうかという
「運」である。

ちなみに私の愛用している、
「研究社 新英和大辞典 第五版」
(これがまた凶器に使えそうなくらい分厚く重い)には、
「Happy-go-lucky」の二つしたの項に
「Happy-hunting-ground」という言葉が
揚げられているが、これは「極楽・天国・楽園」の意。
直訳すれば「幸せな狩猟場」になるけれど、
北米ネイティヴ・アメリカンの一部種族では、
死後、勇者や狩人が、この「極楽」で
狩りと豊かな食事を楽しむと信じられているんだそうだ。
死んでからも狩りだなんて、そんな殺生な、とも思うけれど
彼らにとっては蓮の花が咲く池の周りで心静かに過ごす
ことになんて、魅力のかけらもないんだから仕方ない。

彼らからすれば「くもの糸」なんて、
全然ピンとこない話なのかもしれないなぁ。
まあ、そんなことを思ったりもする
「運の良さ」解釈の違いなんでありますけれども。

いきあたりばったり、が負のイメージなのは
「バッタリ」という語感のせいかもしれない。
行き当たって、バッタリ=行き倒れ、みたいな。

行き倒れではないんだけれど、
私が「バッタリ」倒れたのは先週のこと。
ここのところいろんなことが重なって、多忙でもあり、
人間関係から生じる精神的なストレスも
たまってきていたのかもしれない。
病院で父に付き添い、その帰りに天狗連の俳句の会、
「天句会」へ参加していたら、
会も終わり頃、視界が狭くなり暗くなってきた。
「あ、やばいなぁ」と思って、トイレへ行こうと立ち上がり、
座敷から廊下へ出る襖に手を掛けようとした瞬間、
なんにも力が入らなくなって・・・
気がついたら仰向けにひっくり返っていた。

「なんだなんだ」、「おいおい、大丈夫?」という声が
聞こえるのだけれど目が開けられないし体が動かない。
位置的には、呈茶さんと虚生さんが座っている間に
ちょうどパッタリ倒れ込んだようになってるらしい。

「たちくらみ?動かないで、ちょっと寝てたほうがいいよ。
帰りはお迎えに来てもらうんだよね。電話しようか?」
呈茶さんが甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。
ありがとう、呈茶さん。
これからは呈茶さんを天狗連の保健委員と呼ぶからね。
虚生さんがフォローしてくれる声も聞こえる。
「彼女、すごく忙しいから。お父さんも入院してるし、
夜は店もあるし、うちがコピーの仕事入れちゃうし」
それに応えて初音さんが、
「虚生さんのせいなのね、虚生さんの」
と言っている。いやいやいや、そうじゃないのよ。
そうじゃないの、と言いたいのだけれど
弱々しく手を振ることしかできない。
情けなくてちょっぴり涙がにじんできた。
「楽になるから。これ、当てた方がいい」と、
重ねたお座布を頭の下に差し入れてくれたのは会長。
会長、すみません。
せっかくの句会でこんなことになって申し訳ないです。
ちょっと離れたところから、へるさんの声が聞こえた。
「ケツが重くて倒れたのかと思いましたわ。わはは」
てめえ、へる吉。覚えとけ。

そんな様々な想いも口に出せないまま、
呈茶さんからの電話で車を飛ばしてきてくれた
旦那さまに寄っかかって階段を下り、
家へと運ばれていった私なのでありました。

なんとかなるさ、ではなんともならないこともある。
いっぱいいっぱいになる前に、
もうちょっと体のことも考えて、
計画的に日々を送らなきゃいけないなぁ、と
しみじみ「いきあたりバッタリ」を反省する今日この頃です。

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by onlymoonshine | 2006-11-13 14:50 | moonless

トラックバックについて考える

あんまり触れない方がいいのかなぁ、とも
思ったりするんですけれども。
なんかすごいタイトルのトラックバックが。

・・・カンボツって・・・ねぇ。言われましても。

いや、真剣に悩んでいらっしゃる方もいるはずなので、
ここは私も真剣に考えるべきなんだろうか。
これで私は結構なんにでも真面目に取り組むタイプなのよ。
赤ちゃんの時はみんなカンボツしてるはずだ。
大人になっても、そのまんまっていうことだよね。
それって・・・なんかかわいくない?
かわいっぽいけど、やっぱり問題あるのかなぁ。

一応、真面目に調べてみましたよ。

「・・・原因は乳首が充分に発達していないことだと
 されています。このまま放置しておくと、出産後
 赤ちゃんに授乳するときの障害になったり、 垢が
 たまって不潔になり炎症を起こすことがあります」

んお。わりと問題あるんですね。
でもね、これ調べたのは婦人科クリニックのHP
だったんですけど、
「特殊な糸で縛って、入院・通院も不要、
 傷痕も残さず、当日シャワーもOK」
な治療があるそうですよ。よかった、よかった。

こちらのHPです。「婦人科の正しい知識


「洗濯ばさみ」は使わなくてもよさそうです。
いや、無茶だ、洗濯ばさみなんて痛すぎる。

かくいう私も、実は子供の頃、洗濯ばさみで
“ある部分”をつまんだことがあるのですが。
私の場合、それは・・・「鼻」。
カンボツこそしてませんが、生まれたばかりの私を見て

「粘土に指を二本プツッと指したような鼻」

と父が表現したほど控えめなお鼻ちゃんは母譲り。
祖母と母と私の鼻は瓜みっつです。
よく「鼻が上向いてる」なんて言いますが、
なかなか上は向きませんよ。
「前向き」な鼻と言ってほしい。

そんなことはどうでもいいんですが、
やっぱり子供心に悩んでいた私は、
小学校から帰宅するとひそかに洗濯ばさみで
鼻をつまんでみたのです。
ちょうど鍵っ子で、うちには誰もいなかったので。
はじめは痛い。
そのうち痺れてきて、あまり痛みを感じなくなる。
ところが、そういう時に限って、
ご近所の人が回覧板を持ってきたりするんですねぇ。

居留守を使う、という頭もなく、
でも、このまま玄関に出るわけにもいかず、
鼻から洗濯ばさみをはずすと・・・・うひょ~!!
いきなり血の通い出したお鼻ちゃんがじんじん痛い。
鏡を見ると真っ赤になって、
おまけに洗濯ばさみのスジスジがついている。

季節はずれの赤鼻のトナカイ、みたいになって、
それでも鼻を押さえつつ玄関に行くと、
隣のおばちゃんが心配そうに、

「どうしたの?鼻血?見せて」

いやあああ、見ないでおばちゃん!
顔中真っ赤にして首を振る私。

「恥ずかしくないから!見せてごらんなさい」

いや、恥ずかしいんだってば。やめて。やめてよおう!
赤いだけならともかく、
このスジスジをどう説明すればいいのか。
必死に拒否する私に首をかしげながらも、
おばちゃんはようやく諦めてくれましたが、
それ以来、私は「洗濯ばさみ隆鼻術」を断念しました。

洗濯ばさみはやたらに使うもんじゃない。
続けていたら、今頃もう少し鼻が高かったかもしれない、
などと、思わないでもない、けどね。
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by onlymoonshine | 2006-10-21 11:48 | moonless

ハナミズについて考える

Sunshine Market」からの持ち越しネタですけれども。

ん~、なぜか、「Only Moonshine」は見ることが出来るのに、
「Sunshine Market」は見られないよぅ、という方が
いらっしゃるようなのですね。
私には理由がイマイチわからないんですが。

だからといって、同じネタで2つのコーナーを引っ張ろう、という
そんな魂胆はないのですよ。ええ。
向こうでは触れてない部分に言及していこう、というね、
そういうココロミなわけです。
両方読めるのが一番いいけど、
こっちはこっちで成立させましょう、と。
なんだかんだ言ってネタ元は一緒なんですが、
風邪ひきさんだしね、勘弁してやってくださいませ。


*「Sunshine Market」が読めない方のための解説。

先週からの風邪をいまだに引きずっている私は、
痰のからんだ痛い咳に苦しんでいる。
薄々勘づいていたことだけれど、
痰とハナミズの成分はほぼ同じはず。
口から出れば痰、鼻から出ればハナミズ、と
呼び名が変わるだけのことだろう。
だが、同じ成分であるとしても、
出来ることなら、全て鼻から放出してしまいたい。
口から出るとなんか汚い感じがするし、
カアアアアアッ、ペッ!ってゆーのがどーにも親父くさいし、
それに、痰がからんだ咳ってすごくすごく痛いから。

そんなわけで、必死で鼻をかみまくっている私である。

                        (解説終わり)

さて。
鼻をかむ、という行為も実はあまり格好良いものではない。
少女時代には非常に抵抗がありました。
音も、なんかね、ズビビビィとかいうし。
でも、もちろん時と場所を選びはしますが、
いつの頃からか世間的に、
さほどの抵抗がなくなったように思います。

これを、私なりに分析するとね。
まず、抵抗がなくなってきた第一の理由は

①花粉症の大流行。

これだと思います。
花粉症というのが世の中に認知され始めてから、
鼻がムズムズする、ハナミズが止まらない、という症状を
みんなが「致し方のないもの」と容認するようになった。

ハナミズが容認された、この背景の大きなポイントは
「花粉症」が幼児~若者の間で広く蔓延したことにあるでしょう。
もちろん中年以上の層にも花粉症に悩まされている人はいますが、
基本的には「若者発」の新しい病気。
これがオジサマ、オバサマの間に蔓延した病気だったら、
いくら「花粉症だから」と鼻をかんでも
うわ、ダッサーい、汚~い、信じられな~い、と
若者層から総攻撃を受けたに違いありません。

おまけに「田舎に住んでる人は花粉症にならない」とか、
「ギョウ虫検査で引っかかったコトのある人は花粉症にならない」等、
様々な説が囁かれたりもして、結果、
「花粉症はデリケートな現代人の病気」
という認識が生まれ、
「花粉症(=デリケートな現代人)だから鼻をかんでもしかたない」
という理解の仕方につながったのではないでしょうか。

これがね、オジサマにのみ蔓延した病気で、
「鼻から出そうが口から出そうが同じ成分」だとして、
昔はどこの駅にもあったという「痰つぼ」に
カアアアッ、ペッ!とやる姿を若者が容認したかというと
けしてそうはしなかったと思うんですね。

そして、さらにもうひとつ、
ハナミズに対する抵抗をなくしてきた原因をあげるとするならば。

②女優の“泣き”の演技における変化。

これは、あるんじゃないでしょうか。

一般的に、人間は泣くとハナミズも出ます。
鼻と喉だけじゃなく、
目もつながってる、という証明ですね。
涙を流すのと同時に鼻をすする、というのが
“泣き”のパターン。
ところが、ほんの十数年前くらいまでは
女優さんは涙を流しても、ハナミズを見せることはなかった。
その頃彼女たちに求められていたのは
「美しく泣く」ことだったのです。

でも、時代とともに、映像にも演技にもリアルが求められてきた。

たとえばラブシーンでもそうですが、
昔は「ここまでが限界」というお約束みたいなものがあって、
あとは観る人の想像力におまかせ、だったんだけれど、
どんどん、見せる方向へと移行してきております。
女子高生のスカートがどんどん短くなったように、
拍車がかかっていくわけですね。
見えそうで見えない、なんて言ってはいられない。
見せましょう。でも、見せても大丈夫なパンツをはきましょう。
そんな感じ。

ハナミズからだいぶズレました。

ラブシーンと同様、泣きの演技も
美しさからよりリアルな泣きへ。
そこで登場したのが「ハナミズ泣き」だったのです。
いや、実際はハナミズを出そうとしたわけじゃないと思う。
本気で泣いたらハナミスもどんどん出る。
すすっても、すすりきれないほど出る。
そして、この「すする音」というのも結構やっかいなのです。

これは私も舞台で経験したことですが、
泣きの場面というのは大体静かなものです。
そこに、鼻をすする音がやけに響き渡ってしまう。
なるべくハナミズが出ないようにしたいのですが、
舞台って昼公演・夜公演があったりするので、
昼間に一度泣いてると夜は涙腺がゆるんでいて、
涙を我慢していてもハナミズだけは出てきてしまったりする。
静かな場面の、聞かせどころのセリフに混じって
「スンスン」、「ズズ、ズズ」、と鼻をすする音。

「おまえ、ちょっと鼻すする音がうるさい」

と、演出家にダメを出された私は、苦肉の策で
ハナミズが限界に来たところで相手役の胸に顔を埋め、
相手の衣裳の裏側で垂れてきたハナミズを拭く、
という暴挙に出ました。
相手役は最初、「今日はなんて情熱的な演技」と
思ったらしいのですが、のちほど私が
「衣裳の裏側、ガビガビになってない?」
と謝りに行ったことで全てはバレてしまい・・・演出家は

「ハナミズくらい垂らせ!テレビでも垂らして泣いてるぞ!」

と、怒りました。
そうなのです。
リアルな「ハナミズ泣き」が容認されてきていたのです。

私の記憶が確かならば・・・元祖「ハナミズ泣き」は
「金曜日の妻たち」の小川知子さんの演技。
美しい女優さんが、愛する人の前でハナミズを垂らして泣く。
たぶん、きらりと光る一筋のハナミズに気づいた時、
「あっ!」と思った人は多かったのではないでしょうか。
と、同時に
「・・・アリなのか」と、やはり多くの人が思った。
その後、映像の世界でハナミズ泣きが広まっていくに従い、
世間もハナミズに対して寛容になっていったのだ、と
私は思います。

若者発の「花粉症」と、女優さん発の「ハナミズ泣き」で
世間に認められてきたハナミズ。
そのうち日本でも、イギリス人とかのように
ハンカチを広げて鼻をかむ、という行為が
当たり前になるのでしょうか。
鼻をかんだハンカチ、洗うのって大変じゃないかな~、
もしかして、あれって使い捨てなのかな~、
などと考えながら、
今日も箱ティッシュを空にしてしまう私なのでした。
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by onlymoonshine | 2006-09-29 11:25 | moonless

なんだ、そりゃ

ありがたいことに
病院、という場所にあまり縁のない日々を送ってきた。
だから私にとって、病院は長年緊張する場所だった。
それは、プロを前にした緊張なのだと思う。
こちらの痛みや、発熱や、出血に対処する冷静な診断。
看護婦さん(看護士、と呼ぶようになったのは最近のことだ)の
丁寧だけれど手早く、無駄のない処置。
注射さえ苦手な私としては、
どんな痛い目にあうかわからない怖い場所ではあったけれど、
もう病院しかない、という時には
それなりの覚悟をして身を委ねに行くところだった。

父が大きな病気をして約一年間。
病院へ足を運ぶ機会が増えて、
今、病院はこうなっているのか、と思うことがよくある。
たとえば、ナースセンターでの対応。

「○○号室に入院している、□□の家族ですが」
と、事務員さん(男)に声をかけると
「うん」
という返事。

うん?うん、ってなんだ、そりゃ。
こっちは敬語で話してるんだぞ。
そういえば、救急センターに電話した時も、
「先月入院していた者なんですが、ちょっと体調が悪いようで」
と言ったら、「うん」と言われた。
今、病院は「うん」の時代なのか。引っかかりながらも、
「先生からお話があるそうなので、伺いました」
と言うと、いきなり後ろを向いて、
「△△さぁん、□□さんの家族のヒトに話があるって聞いてる~?」
と、看護婦さんに声をかけた。
それもなんだかベッタリした、面倒くさそうな調子で。
少々お待ち下さい、のひと言もない。
家族に先生から話がある、と聞けば
家族はそれなりに緊張しているものだ。
それなのに、向こうの対応には緊張感のかけらもなく、
もちろん家族の緊張に対する思いやりなんて全くない。

お医者さんも、似たようなものだった。
濃度の高い点滴をする場合に、
腕の血管ではつまってしまう可能性があるので、
鎖骨の近くから心臓に近い位置に管を入れて点滴する
「中心静脈点滴」
の説明を受けたときのこと。

今はなんでも「最悪の可能性」も提示するようになっている、
ということは
父の手術からこっち、何度も耳にして知っていた。
「まれに」とか「百人に一人くらいの割合で」とか
注釈が付くにしろ、そんな可能性があると聞くのは
気が滅入るし、なかなか慣れるものでもない。
でも、病院側も自分たちを守らなくてはいけないのだろうから
仕方ないのかな、と考えるようにはしている。

でも。それにしても。

「目に見える物に針を刺すのは簡単ですが」
と、前置きしてお医者さんは説明を始めた。
「見えない部分に、ここかな、と勘で刺すわけで難しいんです」。
勘、という言葉がまずカンに触る。

「可能性としては、針を肺に刺してしまうこともありえます。
すると、肺からぷしゅーっと空気が漏れます。苦しいです。
肺から漏れた空気を吸い出すために、管を入れます。痛いです。
でも、僕も何度か肺に穴を開けちゃったことはありますが、
それで命に関わるようなことにはなりませんでした」

えええ?穴、開けちゃったことが何度かあるの?
大丈夫なんですか、それ。
ぎょっとして目を見張った私の前で
お医者さんは話し続ける。

「もうひとつの可能性としては、静脈と並んでいる動脈に
針を刺してしまうことがあります。
動脈からの出血が、肺に入ってしまうとちょっと大変です。
僕も動脈に針を刺しちゃったことがありますが、
でも、そこまで大変なことにはなりませんでした」

ええええ?これも、やっちゃってるの?
私はますます目を見張る。
こんな可能性を、それもやっちゃったことのあるお医者さんから聞き、
「以上の可能性をもって、それでもあなたは中心静脈点滴を
しなくちゃいけなくなりそうなんですが、同意書もらえますか」
と、父は用紙を手渡されるのだ。
そうですよ、全部患者の前で、こんな話をするんですよ。

これって、脅し?

なんでも包み隠さず話してくれる、フランクなお医者さん。
そう考えるべき、なのかもしれない。
でも、なんだかあまりにくだけすぎ、というか
ぶっちゃけすぎじゃないだろうか。
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by onlymoonshine | 2006-09-26 11:12 | moonless

Cold

か・・・かでをひいでしばいばした。

訳注:風邪をひいてしまいました。

ん~、二日くらい前からこんなことになっております。
いや、もう少し前から、前兆はあったのですが。

「ひき始めに効く」というカッコントウを飲み始めたのが
ちょっと遅かったみたい。
今回のは鼻づまりからきました。
話している途中や、歌ってる途中に、鼻の奥で
「ぴす」
という音がします。
耳が壊れるんじゃないか、というくらい鼻かんで、
それでもなかなかすっきりしないなぁ・・・と思っているうち、
あらら、喉もちょっと変になってきましたぞ。

そして、今日は少し咳も出始めています。

咳・鼻・喉とくれば、もう堂々の風邪っぷり。
でも、熱はさっぱり出ません。
鼻がつまってるせいか、頭が重く、
喉の辺りにも熱を持っているような気がしたので
体温計を挟んでみると・・・35.8度。   エー。

なんだか体のだるぅい感じを完全否定するかのような低さ。

これでシンドイとか言ってるのは、
なんだか申し訳ない気がしてしまう。
気の持ちようでなんとかなる程度の風邪なんだ、きっと。
でも、この風邪を入院中の親父さまの所へ
持ち込むわけにもいかないので、
今日はお見舞いをパスしました。ごめんよ、親父さま。

数日前、旦那さまが軽く発熱していたので、
きっとその風邪が私の方に来たんだね、と言っていたら、
なんと今日、旦那さまが
「鼻の奥が痛くなった」
と言うではありませんか。
あれ?こっちからそっちにうつったの?
じゃ、あの発熱は・・・なんだったんだ。アトピー熱か?

あぁ、なんか体がだるだるなので文章もだるだる。
でも、「風邪なんです」と胸をはるには低体温。
もともと体温が低いので、
37度超えたら私には高熱なんだけど、
35.8度じゃ、なあ・・・。
気分が乗りません。気分、って、オイ。

季節の変わり目なんですなぁ。
秋の風邪を身にまとい、だるだるな私であります。ぴす。
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by onlymoonshine | 2006-09-23 18:19 | moonless

保身

自分がかわいい。

それってあたりまえだし、
大事なことだと思う。

自分をかわいがって、大切にできないなら
ひとのことも大切になんてきっとできない。

でも
世の中には
自分がかわいくて
自分を悪く思われたくなくて
引き替えにひとを貶めてしまう人がいる。

言い訳だったり
責任を逃れるためだったり
自分を正当化するためだったり
そして、たぶん自分自身を納得させるためだったり。

言い訳しないで生きていくのは難しいのかもしれない。
正統な理由付けと、言い訳の境界線をひくことも。
そんなの言い訳だよ、って言われることもあるし、
いま何を言っても言い訳になるな、と
口をつぐんでしまうこともある。

でも、だからって、人を引き合いにだすのはずるい。
そのことだけは、そう思う。

そうまでして、何から自分を守りたいんだろう。
そうまでして、守りたい自分ってなんなのかな。
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by onlymoonshine | 2006-09-09 16:58 | moonless

続ポジティヴ・トーキング

店の厨房で、昨夜は海老グラタンを作りました。
続・厨房の人、アニーです。

横からご指導を受ける。

「海老の背わた取って、縮まないように筋入れて伸ばして
 くるっと巻いて尾っぽをピンと上に立てて」

そんなにめんどくさいんですかぁ?
冷凍小エビじゃダメなんですか。そうですか。
まあ、お客様は「んまぃ」と言ってくれたので良かった。
マカロニ茹でたら大量に茹ですぎました。
うちにもって帰って付け合わせにするからいいのだ。

んで、眠い。とっても、眠い。
今はお店休めないけど、〆切が怒濤。
こんな時こそのポジティヴ・トーキングなのだけれど、
頭が悪いので、じゃない、頭が回らないので(やはり悪いノカ)、
適当に「眠い」→「可愛い」にしてみたらば。

「だんだん可愛くなってきた」

いいよね。いい感じだよね。

可愛気ざましのコーヒー飲もう」

可愛げなくなっちゃうのか。いかんな。
あ、でもこれだと
「眠り狂四郎」は「可愛い狂四郎」になっちゃうわ。
あははぁ。

さて、可愛いけど、仕事しよう。
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by onlymoonshine | 2006-08-24 14:14 | moonless

そういえば・・・(続やさぐれ妻)

TSUTAYAで何を借りようかな~っ、と
歩き回っていたら、
またもやちょっと笑える(?)DVDを見つけてしまいました。

「女子高生チェーンソー」

なんか残酷そうな映画なんですが、
宣伝文句(?)に笑いました。

「ほとばしる鮮血!舞い上がるパンティ!」

なんやそれ。
なんでパンティが舞い上がるのでしょう?
スカートが舞い上がって、ぱんつが見える、
というならワカルのですが。

うーん、もしやと思っていたら
やはりアルバトロス・フィルムでしたねぇ。
「アスラ」を出してたとこですよ。やるなぁ、アルバトロス。
アルバトロス、ってアホウドリだものなぁ。わはは。
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by onlymoonshine | 2006-08-03 16:52 | moonless